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活動のご報告

【特集】 Volunteer Interview 第1回 石井肇さん

 

-まずは話しやすいところからいきましょうか。石井さんは、大学でどんな勉強をしているんでしたっけ?
 
工学部の中でも、電気系のことを学んでます。
興味があるのは、電気自動車ですね。車に興味を持ち始めたのは最近。元々は航空機とか、ロボットとかをやりたかったんですけど、入試で失敗しまして。でも、いろんなことに挑戦したいという気持ちが強いので、勉強も楽しんでます。
 
-すごく前向きなチャレンジ精神ですね。
 
実は、大学に入る前からボランティアはやりたいと思ってました。
 
-ボランティアって、今の高校生は当たり前に知っているものなの?
 
一般的かというと、そうではないかもしれません。でも、震災が起きた当時は静岡の高校に通ってたんですけど、震災の影響もあってボランティアって言葉が普通に耳に入ってきていました。
 
-なるほど。でも、知ってることと、やってみようと思うことはまた違うよね。石井さんは、なんでボランティアをやりたいと?
 
それは、僕の生い立ちが関係しているんですけど、これを話すと長くなってしまうかも(笑)。
僕は小学校のときに、イジメがキッカケで不登校になって、3年くらい学校に行ってませんでした。
心配した親が、つてをたどって大学生のお兄さん(Uさん)を連れてきたんです。最初は勉強をみてくれるということだったんですけど、Uさんに「勉強したい?」と訊かれて、「したくない」と返しました(笑)。じゃあ勉強以外のことをしよう、となって、公園でドッチボールをしたり、遊び相手になってくれたんです。Uさんとは今でも連絡を取り合ってて、すごく尊敬してます。
 
-石井さんも、Uさんのようになりたいと思っていたということですかね。ちなみに、どんなところを尊敬しているんですか?
 
Uさんも、いろんな失敗をしてるんです。大学受験も思い通りにいかなかったし、教師を目指していたけどなかなかなれなかった。でも、僕の前ではそんなそぶりは全く見せないで、明るく接してくれていました。そんなところを尊敬していたのかな。でも、うまく言葉にはできないですね。ずっと一緒にいてくれたからっていうのも大きいと思います。
 

-Uさんとの思い出で特に印象に残っていることはありますか?

 
そうですね、、、何か特別な思い出というわけじゃないんですけど、不登校だった僕に「学校に行きなよ」という話は1回もされませんでした。小学生なりに、このままじゃいけないという気持ちはあったと思うんですけど、あえて「学校に行きなよ」と言われないことで、その気持ちを忘れることができたと思います。
Uさんと一緒にいるときは、『別次元』の自分でいられた。自分だけの安全地帯をつくってくれた、というか
 

-別次元の自分でいられた、ですか。それって、大事な言葉だと感じました。Uさんと出会ったあと、石井さんは何がキッカケで学校に行き始めたの?

 
小学校6年生のときに、転校して、そこでいい人たちと出会えて。そこからは学校に通い続けています。転校するときも、親に訊かれたんですよね。「今のところに住み続けたい? それとも転校したい?」って。で、僕は転校したいと答えました。ちなみに、僕は不登校になったことを全然後悔してないです。
 

-全然後悔してないって言いきれるところに、いま石井さんが主体的に生きられていることを感じますね。ちょっと話が進みますが、大学に入って、実際にアスイクのボランティアをやろうと思った経緯は?

 
大学でやっていたボランティアフェアでアスイクを知りました。子どもに関わること、それと震災にかかわるボランティアがしたいというところで、これだと思いまして。
でも、最初は迷いもありましたよ。未知の世界に飛び込んでいく漠然とした不安とか。未知の世界っていうと大げさですけど、知らない人たちの輪に入っていく不安、サークルとかバイトとか、そういうものに入るときと同じだと思います。あとは大学の授業と両立できるかな、とか。
 

-でも、そういう迷いがありつつも、石井さんは一歩踏み出した。それって、どうして?

 
やっぱり、強い想いがあったからです。悩んでるんだったら、飛び込んじゃおうって(笑)。
 

-その潔さって、すごく大事だと思うですけど、石井さんはどうしてそれができるのかな?

 
うーん、、、レールに乗らなかったからじゃないですかね。不登校も経験してるし。あとは自分で決める機会を与えてもらったことかもしれないと思います。
さっき話したUさんもそうでしたけど、僕に決めさせてくれた、という経験は大きいと感じてます。親も、転校するか、しないか、決めさせてくれた。それが、僕のなんでも挑戦してみようという性格につながっている気もしますね。
 

-じゃあ、実際にボランティアを始めてみて、どうでした?

 
正直に言ってもいいですか。
実は、最初は悩んでました。始めに配属になった拠点では、活動に来て、担当する子どもに勉強を教えて、帰る。そんな感じになってしまって、子どもと雑談はしても、「部活はやってるの?」とかあたりさわりのない話で。僕が訊いて、子どもが答えて、会話が終わるみたいな。このままサポーターを続けて意味があるのかな、他の人でもいいんじゃないか、とか、色々考えてました。やっぱり、僕はUさんみたいになりたいという気持ちが強かったので、そういう理想とのギャップはありましたね。
 

-そんな風に思ってたんですね。それがどういう経緯で変わっていったんですか?

 
その後、いまも参加しているサリー☆ハウスという場所に異動しまして、人とのつながりが強くなったと思います。たとえば、子どもたちとも活動が終わった後に団欒して、今日はこんな気持ちだったとか、子どもと本音に近いところで話せたり。
拠点を運営しているTさんに、たまに相談に乗ってもらったりすることもあります。そういう意味で、ここで出会った人達にはとても感謝しています。
 

-最初に担当した拠点と、いまの拠点では、何が違うんだろ。石井さんの行動が変わったというよりも、拠点の環境が違う気がするんだけど。

 
なんでしょうね。今のところは子どももボランティアも人数が少ないので、自分が頑張らなくちゃという気持ちが生まれやすいのはあると思いますけど。
 

-子どもとの相性とか、場の雰囲気とか、いろんなものも関係してそうだよね。ところで石井さんは、悩むことはあったけど(笑)もう1年半近くつづけてる。当初不安に感じていた学校との両立は問題ない?

 
今のところはまったく大丈夫ですね。この活動が、生活のサイクルにはまってきている感じがします。実際にボランティアをやってみて、思っていたよりも気軽なものだと思うようになりました。友達との会話でもボランティアのことを話したりするんですけど、「今からボランティアをしにいく」みたいな雰囲気じゃなくて、「今から遊びに行く」みたいな感覚で話してます。
 

-あえて、「ボランティア」を強調する必要がないという感じかな。

 
そうですね。
たぶん、僕がお世話になったUさんも「ボランティアをする」とか、深く考えてなかった気がします。僕と遊びに行くような感覚だったんじゃないですかね。
 

-石井さんは、子どもたちにどんな印象を持ってますか?

 
自分と変わらないな、って思います。ボランティアをはじめる前は、たぶん僕と育った環境も、経験している辛さも違うので、いったいどういう子たちなんだろうと色々考えてましたけど。誤解を恐れずにいえば、僕たちと同じだなと。
 

-そういう子どもたちと接するときに、意識していることはありますか?

 
やっぱり根底にあるのは、同じ人間として接するということ。
それは、相手が子どもだから上から見ない、子どもだからというレッテルの中で関係を処理しないという意味です。僕自身を振り返っても、子どもだからという目線で大人から見られたくなかった。その時の自分は自分なりに、色々と考えていた。だから、子どもと大人、ではなくて、友達と接するようにしています。
あえて「意識していること」というならば、こういう関わり方はしないというものよりも、いつもの僕と変えないことですね。
 

-担当している子どもが不登校ということに対して、石井さんは何ができると思います?

 
僕は、不登校をなくしたいという気持ちはあまりないんです。たしかに、学校に行けるようになった方がいいのかもしれないとは思います。でも、僕が不登校だったときを考えると、その時の自分にとって、Uさんがその場にいてくれるだけで十分でした。そういう存在に僕がなることが大事じゃないかと思ってます。そうすれば、彼ら彼女らは自分で決めていけますよ。だって、僕たちと変わらないんですから。

(2014.01 聞き手:大橋)


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